読書ノート:キリンのひづめヒトの指

郡司芽久(2022)

NHK出版、1500円+税

 

著者はキリンを研究テーマとする解剖学研究者である。

解剖学なんていまどき生物の理解に必要なのか疑問だったが、この本を読んで疑問が解けた。

それ以前に読んで面白い。例えば、脳と喉をつなぐ反回神経があるが、これは脳から喉を経て一度心臓付近の血管をくぐって折り返して喉につながっている。キリンの首は2mほどあるので、往復4mの遠回りだ。この神経は魚類でえらとつながっていた神経で、えらはのどとなり、心臓からえらをつなぐ血管とともに両生類以後の四肢動物にも受け継がれた。魚ではえらと心臓は近くにあり神経と血管が交差していても問題なかったが、哺乳類ではのどと心臓ははなれてしまったため、遠回りすることになった。(反回神経についてはドーキンスも2009年の著作で紹介している)

 

他に興味をおぼえたのは、反芻をするキリンや牛と反芻をしない馬では食べ物である植物繊維を分解する部位が異なる。前者は胃、後者は大腸が分解する微生物のすみかになっているという。それがウンチにまで影響し、前者のウンチは繊維がほとんど残らずなめらかで、後者は繊維や種がそのまま含まれる。著者は反芻をしない象が種子散布に役立っていると書いているが、反芻をする牛や山羊も種子散布に役立っている。ただ、散布する種子のタイプが反芻するかどうかで異なるかも知れない。

 

もうひとつ目からウロコだったのは、脊椎動物の心臓の違い。理科で魚の心臓は1心房1心室、両生類は2心房1心室、哺乳類は2心房2心室と進化したと習って、何の疑問も抱かなかった。しかし、水中で水平に体を維持する魚は血圧を高くする必要がないことや両生類では皮膚呼吸するため体からの血液と心臓からの血液を分ける必要がないなど、それぞれ適応的であるらしい。

 

表題は少しわかりにくいが、副題の「比べてわかる生き物の進化とセット」で内容が想像できる。解剖学は進化についての理解に必要な研究分野だということがわかった。本文中では文献引用がない一般向けの書き方であるが、巻末に英文も含め参考文献リストを載せている。