里山がどう変わったか 1

大分前に書いた文章ですが。

 

1.はじめに

 ここでは,里山生物多様性の特徴を概説し,優先的に保全すべき里山の評価方法の考え方を示す。日本の国土は,この50年ないし100年で大きく変化した。最も特徴的なのは,草地あるいは荒地の減少であり,人工林の増加,アカマツ林や落葉広葉樹林の遷移,農地の圃場整備と耕作放棄,都市の拡大などが里山の様子を大きく変えた。植生変化の影響は,京都の祭りにも影響を及ぼしている。五山の送り火に用いる薪や柴はアカマツツツジ類が使われていたが,山には少なくなり,広葉樹の伐採やアカマツの植樹によって維持する努力が続けられている(図1)。葵祭の牛車を飾るフタバアオイ祇園祭ちまきに使うチマキザサも,京都市内で確保できなくなってしまった。

図1.京都東山における里山二次林の変化 桃色はアカマツ林,緑色は広葉樹林.1985年度は環境省第3回自然環境保全基礎調査1/50,000植生図GISデータ,環境省2004年度は第6回・第7回自然環境保全基礎調査1/25,000植生図GISデータによる.



 環境省がまとめているように,国土の約4割が里山地域であるとすると,すべての里山保全することは不可能である。里山保全する理由は様々なので,里山保全しようとする人々に,生物多様性についても考えてもらうためには,重要な場所を地図に示すことが効果的である。

 重要な場所を見つける方法には二つある。ひとつは生物の分布を図示して,種数の多い場所や他では見られない固有種の多い場所を見つけることである。里山の指標となる生物種のリストも提案されている1)。もうひとつは,生育環境を図示して,特徴的な場所を見つけることである。前者は,情報を集めることは大変だが,より直接的である。一方,後者は多くの種についての十分なデータがなくても使用できるので,スクリーニングとして有用である。もちろん,特徴的な生育場所について仮定をおくため,その検証が必要である。

2.里山とはどんなところか

 里山という言葉の定義は大きく二つに分けることができる。初期には,集落近くの雑木林を里山と呼んだ。それに対して,1980年代になって,林だけでなく,「森林、集落、田畑がモザイク状になって、農業と一体となった地帯」2-3)と考えるようになった。ここでは,里山を農業集落周辺のモザイク状の土地利用の意味で用い,その中の雑木林を里山二次林と呼ぶ。

 里山生物多様性は,二次林,水田,ため池,水路,草地など人が利用するために作り出した生育地に成り立っている(図2)。里山生物多様性には次のような構成要素がある。ひとつは,草地のような,現在の日本の自然条件では多くは存在しない生育場所が維持されることである。二つ目は,それと関連して,人為的な撹乱によって,本来少数の優占種に抑えられてしまう多数の種の生育が可能になることである。三つ目は種類の異なる,あるいは遷移段階の異なる生育場所がモザイク状に配置され,エッジやエコトーンができていることである。四つ目に,それらが時間によって変化しながらも,どこかで新しく生み出されるというダイナミックさがある。

図2.特徴的な里山と生物 左から萌芽更新林のモザイクとササユリ,丘陵地の湿地とトキソウ,棚田とリンドウ

 撹乱による遷移の抑制の結果として顕著なものは草地であるが,里山の二次林も同様である。多くはナラ類,シデ類などの落葉広葉樹林アカマツなどから構成される。林床には,コバノミツバツツジやササユリなど,人々に好まれる花が多く,春,林床で多くの花が見られることに特徴がある。二次林の林床植生の多様性は,管理方法によって大きく異なる4)。一般には下刈りの停止によって,暖温帯ではヒサカキなど常緑低木が増加し,草本層の種数と量は減少する。そのため,花の咲く植物を増やすことが,二次林を管理する理由になることも多い5-6)

 農村のモザイク状の自然が,独特の生態系と高い種多様性をもたらしたことは,里山という言葉が市民権を得る前から関心がもたれていた。日浦7)は,焼き畑が定畑化するにつれて,耕地と森林がモザイク化し,同時に森林が原生林から二次林に変貌する。こうした「山村的サバンナ的自然段階」でチョウの種数が最も多いと書いている。森林から都市までの広域で種組成を比較した研究でこの仮説は支持されている8-10)。モザイク環境でのチョウの多様性は,林縁やオープンな場所でチョウの種数が多いことに依存している11-14)

 両生類はモザイクを必要とする典型的な生物である。モリアオガエルニホンアカガエルには水辺と樹林,トノサマガエルには水辺と草地の組み合わせが必要である。しかし,空間的なモザイクだけでなく,時間的な変化が重要である。止水性の両生類は深くて安定した水域よりも,水田のような浅くて水位の変動も大きな場所を好んで産卵する。こうした場所は,湛水後に餌となる藻類やプランクトンが大発生する。また,季節的に水が涸れることによって,捕食者となる大型の魚類が生息できない。

つづく