里山がどう変わったのか 4

里山保全は必要か


 里山の生物は人が手を加えないと守れないか?里山の生物の多くは,人間が日本列島に住み着く前から分布していた。また,里山はずっと同じだったわけではない。花粉や古文書の分析から,人々の過剰利用によって,落葉広葉樹林からアカマツ林,さらには草山や柴山,砂山までが混在するようになった。逆に関東平野では,近世になってから造られた里山もある.国木田独歩の武蔵野には,今は雑木林だが,昔は萱原のはてなき光景であったと書かれてある.武蔵野はもともと焼き畑によって草原が維持されていたのが,江戸時代に常畑や田の開発がなされ,肥料を確保するために松林が造成された.

 しかし,里山が提供した生息場所によって,生物多様性が維持されてきたことは確からし14)。ある丘陵地の耕作放棄地では,カスミサンショウウオの卵は,耕作している水田の十分の一程度の数しかみつからなかった25)。素堀りの用水路が,カスミサンショウウオの幼生に好適な生息場所を提供していたためである。一方で,この数十年で都市化や道路建設によって生息地が分断された。本来なら,低頻度で起こる自然撹乱によってできた局所生息地を利用して,広い範囲で低密度のメタ個体群が持続していたのだろう。だから,生息地間の交流がなくなると持続できなくなる。実際に,連続した生息地の面積によって,生息確率が異なっていた26)。このように生息地が分断されて種の存続の可能性が低下した場合に,メタ個体群の機能を補強するためのエコロジカルネットワークが必要である。

 もうひとつの問題は,外来種の問題で,特にモウソウチク里山の二次林にとって脅威である。もともと食用その他の目的で栽培したものが,利用や管理をされなくなって,西日本を中心に分布を拡大している27)

 生態系にはレジリエンス(回復能力)があるので,里山の新しい使い方は,大きな問題とはならないだろう。しかし,尾根を崩し谷を埋めるような土木工事や侵略的外来種の導入など回復できない変化をもたらすことは戒めたい。生物多様性の2つ目の危機は,他の二つの危機が存在する場合に,深刻化する。人間の活動によって里山を分断・変質しておいて里山管理をしなくなれば,里山の生物は絶滅せざるを得ない。

 一方で,里山保全には冗長も必要である28)。冗長性とは言い換えると無駄のことである。生物は自然選択によって,効率よくできている面が強調されがちだが,そうとばかりは限らない。生態系には無駄が多い。どの種も生態系の中で一定の役割を果たしているが,ある種が絶滅しても,その生態系はすぐに崩壊することはない。絶滅した種が占めていた位置を他の種が置き換わるか,システム全体が少し変化することによって維持される。もちろん例外もある。しかし,一見何の役割も果たしていないように見える多くの種がいるお陰で,システム全体の安定性が守られている。里山保全も効率だけを求めると,画一化したスタイルのみが残ることになり,本来の目的が実現されない。

 

 

引用文献

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